開発奮戦記01

世はデジタル時代である。

地図においても紙からデジタルへニーズが著しく変化している。「東京時層地図」(日本地図センター)や「カシミール3D」などの地図サービスも現れ地図ファンを喜ばしているのは周知のことだ。

東京の地歴、特に町名の変遷に興味をもってきた筆者としては、従来の紙地図での調査の場合、何枚もの大判の地図を見比べる手間を要し、ときには縮尺までもが違うことが多々あり、うっとうしいこと夥しかった。また、同ポジション・同縮尺で時代を重ねるデジタル手法では、その煩わしさはクリアされるが、地図上で地勢データベースとのつながりを検索しようとするには、まだまだ諸データの整備が十分ではないと言わざるを得ないのが現状だ。デジタル化、過去の複数期のベクター地図データベースを制作することは、

  1. 同縮尺拡大縮小自由
  2. 情報の随時加除編集可能
  3. 地図の連続性の維持
  4. Google map やYahoo map などのプラットフォームデータとの互換性

などのメリットがある。
筆者は日々、過去に遡って種々の変遷を、地図上につまびらかにしていくことを、淡々とコツコツと孤軍奮闘している。

この企画は収載地域(東京23区を当座の目標としていた)を広げ、複数時代の層(レイヤー)を重ねる構想は、果て度のない検証作業を必要とし、とても経済合理性にあっていない。しかしながら、東京の地勢や変遷の歴史的背景に対する知見がない者でないとなかなか再現は難しい。酔狂の成れの果て、以下の6世代の東京の変遷を試みようとしている。

◇江戸後期◇明治前期◇明治後期◇昭和戦前期◇昭和30年代◇昭和後期

時代選択は明治の廃藩置県、関東大震災、太平洋戦争、東京オリンピックという、江戸から東京への時代を画したエポックメイキングの変遷を追っかける意図を持っている。

◆制作のために用意した基礎地図

陸軍測量部・実測地図

実測地図は測量された地図なので、図取りされた地図の四隅には緯度経度の情報が載っている。ただし、測量精度や用紙のひずみなどがあり、この測量図そのものをもって、東京をつなげた一枚に見える地図を精確に作ることは、時層地図を見るまでもなく難しいことである。陸軍測量図に記述されている情報は、以下である。

A.線データは、おおよそ正確な道路幅および形状、建物形状、町界・村界・区界などの行政区画線、鉄道線、河川など。また、郡部になるとラフな等高線、また電圧線なども表示されている。また工場、学校、寺院神社などの地図記号も記載。地番は記述されていない。

B.文字情報は、町村名・橋・坂・堀などの地勢情報と、寺院神社名・軍施設・役所・当時の宮家などの著名邸宅など、主要なランドマークが記載されている。

郵便地図(明治40年・東京郵便局)

郵便配達の性格上、町名・橋名・主な道路・寺院神社・学校・役所などのランドマークと、主に地番が記述されている。正確な実測地図ではないので、概念図としては地勢を知る上で事足りる。主に陸軍測量地図や内務省の地図の補完情報を埋めるために用いている。

国土地理院・2500分1 数値地図

正確な緯度経度情報と街区データがベクター化されており現代の測量地図の基準データ。この数値データが再現の基準になる。

江戸幕府御府内往還沿革圖書及び其外往還沿革圖書

これは幕府の調べた分間地図で江戸の縁を知る基礎資料である。これは各行政区が区史編纂に伴い書籍化しているものが多く、参考になっている。

各種江戸大絵図、切絵図の類

◆製作のコンセプト

上記の地図情報を地図化し、なおかつ当時の地勢をより豊かに知ることのできる情報を付加した文化地勢歴史地図を目指し、その特徴としては以下である。

  1. 一枚で繋がったスクロールしながら(ページをめくるという手法でなく)見ることができる。
  2. 一定倍率で拡大縮小してもきれいに見ることができ、はたまた情報を随時追加補正していけるデータ形式の地図。
  3. それらの膨大な情報がデータベース化されていること。

往事の地勢をより豊かに見られる情報とは、町村名、地名(坂、橋、川、字名などなど)の基礎的な情報以外に、以下の情報を網羅的に扱っている。

府機関、軍施設、法務機関、公衛機関、警察、教育(学校)、病院、交通(鉄道、停車場)、郵便電信、経済機関、銀行会社、商工業、新聞雑誌通信、神社仏閣、公園、旅舎(ホテル・旅館)、飲食(日本料理・西洋料理・中国料理・牛豚鳥料理・うなぎ・てんぷら・そば)、遊覧(劇場・俳優・相撲・寄席・芸人住所(落語・色物・講談・義太夫・浪花節))、名所(花見など)、勘工場(当時の物産店・現在のショッピングモールのようなもの)、倶楽部、邸宅(華族・官吏・実業家・弁護士・医者・画家・書家など)、貸席・貸座敷・待合

また、地番はすべて記載することは、非常に作業に負担がかかり、地図の美的な観点からも、全てを表記せずに町の区画の主要なポイントに絞って表記することにした。

上記の情報を当時の地勢を知るよすがとしては、主に、近代日本地誌叢書(復刻版)東京編「東京名覧」(上・下)、「帝都郊外発展誌・城南の巻」、「改正再版東京府地誌略(上・下)」、「すがも総攬」(1992年7月25日刊行)をデータベース化(約3万の旧住所データ)し、私の知見において取捨選択し情報を記載していった。補足資料としては「東京商人録」(大日本商人録社出版明治13年刊行)も準備したが、上記の項目が当時の町名地番とも、こと細かく記載されており、江戸と明治後期をつなぐ資料として大変有意義な資料である。